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低酸素とがん – 酸素の感知、代謝、腫瘍形成におけるHIF-1αの役割


Posted by CSTジャパン on 2019/07/01 6:00:00


酸素分子 (O2) は後生動物の生命活動に必須の要素です。細胞は生命活動に必要なエネルギー源としてATPを効率的に産生する仕組みとして、ミトコンドリア内膜の電子伝達系に共役して起こる一連のリン酸化反応である「酸化的リン酸化」の機構を備えています。生体内でO2は様々な役割を果たしますが、最も重要なものの一つに酸化的リン酸化機構で最終的な電子の受容体となることが挙げられます。

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好気性生物の代謝恒常性の維持には、酸素の安定供給は必要不可欠です。したがって、O2供給の変動を感知しそれに応答するために、高度で複雑な生化学的なメカニズムの進化がもたらされました。2016年、HIF (Hypoxia-Inducible Factor) 複合体が生理的なO2レベルを感知し、これに応答するメカニズムを解き明かした功績が評価され、3人の医師/科学者 (William G. Kaelin博士、Peter J. Ratcliffe博士、Gregg L. Semenza博士) がアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞しました。

現在、HIF-1複合体は低酸素応答のマスターレギュレーターとして広く認知されています。HIF-1は、O2応答性サブユニットHIF-1αと構成的に発現するサブユニットHIF-1βからなるヘテロ二量体の転写因子です。HIF-1複合体は代謝、細胞増殖、アポトーシス、血管新生といった様々な細胞プロセスを制御する遺伝子のプロモーター上の低酸素応答配列 (HRE) に結合します。

正常なO2レベルにおいては、HIF-1標的遺伝子の発現は抑えられています。これはHIF-1αのタンパク質レベルが低く抑えられているためです。細胞の酸素レベルはPHD (prolyl 4-hydroxylase domain) タンパク質群によって感知され、正常なO2レベルにおいては、HIF-1αサブユニットの (特異的な) プロリン残基が水酸化されます。E3ユビキチンリガーゼの基質認識サブユニットであるpVHL (von Hippel–Lindauがん抑制遺伝子産物) は、プロリン残基が水酸化されたHIF-1αを認識し、ユビキチン-プロテアソーム系を介してこれを分解に導きます。

低酸素状態においては、酸素の供給が減少することでPHDタンパク質群によるHIF-1αのプロリン残基の水酸化のレベルが低下します。このため、ユビキチン-プロテアソーム系による分解が回避され安定化した (タンパク質レベルで発現量が増加した) HIF-1αがHIF-1βと二量体を形成し、HIF-1標的遺伝子の転写を促進します。

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多くの研究成果から発がんの段階にある細胞は、正常なHIF-1αの制御機構をバイパスして細胞内のHIF-1αレベルを変化させ得ることが分かってきました。例えば腎明細胞がんにおいて、pVHLの機能欠損によってO2依存的なHIF-1αの分解が抑制され、HIF-1αの転写活性が亢進することが分かっています。また、EGFRやHER2といった受容体型チロシンキナーゼを活性化する変異によって、PI3K/Aktパスウェイが活性化し、これが一部HIF-1α mRNAの翻訳促進に寄与する、という知見もあります。

腫瘍の構造もHIF-1αを活性化し得ると考えられます。すなわち、がん細胞が盛んに増殖し腫瘍が血管新生を凌ぐ速度で成長した場合、腫瘍細胞集団周辺の微小環境で代謝に必要な酸素の供給が不足し、HIF-1の活性化が起こると考えられます。また、HIF-1の活性化によって引き起こされるエネルギーの獲得様式の変化 (代謝リプログラミング) は、間接的にがんの進行を促進することが分かってきており、特に最近では、HIF-1パスウェイのがん免疫への関与が指摘されています1, 2。例えば、固形がんへのリンパ球の浸潤にはCD8+ T細胞のHIF-1αの活性化が必要であることが示されています。さらにHIF-1は、VEGF (Vascular Endothelial Growth Factor) などの血管形成促進因子と協調的に脈管構造の形成に関与することが示唆されています。反対にHIF-1シグナルが、がん微小環境で免疫抑制に寄与することを示す知見もあり、がん生物学におけるHIF-1役割は非常に複雑であることが伺えます。

このようなことからがんの微小環境における低酸素状態は、がん治療に利用し得るのか?もしそうであれば最大の抗がん効果を得るために、HIF-1をどのように操作すべきか?など、様々な期待や疑問が生まれます。現在、さらなる基礎研究、臨床研究およびその橋渡し研究が進行しており、未解決の課題の解決やがんやその他の疾患とHIF-1の関係を解き明かす取り組みが進んでいます。

HIF-1αについてもっと詳しく知りたい方は、次のパスウェイ図をご覧ください。

-低酸素状態 (Hypoxia)
-ワールブルグ効果
-腫瘍血管新生

参考文献:

(1)  2010 Feb;20(1):51-6. doi: 10.1016/j.gde.2009.10.009.
Epub 2009 Nov 26.
(2)  2017 Nov 13;32(5):669-683.e5. doi: 10.1016/j.ccell.2017.10.003.



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CSTは最近、低酸素状態や関連分野にフォーカスしたがんの基礎研究や橋渡し研究のお手伝いのため、新たなラビットモノクローナル抗体HIF-1α (D1S7W) XP® Rabbit mAb #36169を開発しました。この抗体は、接着細胞や浮遊細胞のHIF-1αを検出することができます (それぞれ、免疫蛍光染色、フローサイトメトリーで確認済みです)。

CST Antibody: HIF-1α (D1S7W) XP® Rabbit mAb

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この抗体は、ChIPやChIP-seqで使用することもでき、HIF-1制御配列の解析やHIF-1α結合部位のゲノムワイドの解析にも利用できます。これによって、様々な生物学的条件下でHIF-1αが標的遺伝子をどのように制御しているのか、新たな知見を得ることができます。

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